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2008年8月21日 (木)

■書籍:数学迷宮

 「数学迷宮」は、小島寛之センセのデビュー作(1991年刊)なのだが、どうしても読みたくて、アマゾンのマーケットプレイスで古書を入手した(現在は絶版のようだ;;)。

Kojima10 数学迷宮
~メタファーの花園に咲いた
一輪のあじさいとしての数学~
CANTOR*REQUIEM

小島寛之/著

新評論(1991年刊)

 結城浩さんの「数学ガール フェルマーの最終定理」と対比させて読んでみると、本書の第1章「異界からインサイド・ルッキングアウト」は、さしずめ、元祖「数学ボーイ」といったところか^^;

 まずは、登場人物を紹介しよう。ヒロ(小島寛之センセの分身?)、ロック好きな、リッチー(金田)、詩人を夢見ている、丸チャン(丸山)の3人。Nという名前を持たない、ヒロの憧れの少女も登場するが、N以外はすべて男ばかり。

 時は、日本経済の高度成長期、光化学スモッグがたちこめ、零細工場がひしめきあう下町、いつもどこかで、鉄を打ちつける音や、コンクリートを砕くドリルの音が耳につく、乱雑でエネルギッシュな時代。

 3人の少年は、いたずら心で建設中のビルに入り込む。エレベータで地下室に降りた3人が見たものは、まるで現代絵画のような異様な世界だった。

 「数学ガール フェルマーの最終定理」(以下、「数学ガール」と記す)は、クロネッカーの「整数は神が作った。それ以外は人間が作った。」という言葉から、プロローグが始まる。

 「数学迷宮」の第1章は、少年たちが迷い込んだ異様な世界で「黒熱蚊(クロネツカ)」と対決することになる。

 「数学ガール」と「数学迷宮」の世界の入り口は、「クロネッカー」、「整数論」から入っていくが、この世界の違いはなんだろう^^;「数学ガール」は、抒情的でバロック音楽が流れ、印象派の絵画のような光につつまれた美しい世界だ。それに対して、「世界迷宮」は、混沌としたエネルギーにあふれ、スモッグにかすみ、ロックが大音量で流れ、モダンアートの抽象画ような謎に満ちた、不可思議な世界だ。

 小島寛之センセは、1958年生まれ。結城浩さんは、1963年生まれなので、歳の差は、たった5歳なのだが、50年代と60年代では、大きく違うようにも思う。「数学迷宮」のあとがきに小島センセは「ぼくはこの時代を書き残したいと思った。ぼくたちのジェネレーションの墓碑銘として--」と書いているので、少なからず、小島センセの中学・高校時代が反映されているのだろう。

 「数学迷宮」に登場する、リッチー(金田)は、リッチー・ブラックモア(ディープ・パープルのギターリスト)から、ついたあだ名だろうし、本書には、レッド・ツェッペリンや、T・レックス、ELP(エマーソン、レイク、アンド、パーマー)など、爺が学生時代に聴いた懐かしいバンド名が目白押しだ。ユーライア・ヒープの「LOOK AT YOURSELF」は、日本で発売されたアルバムには「対自核」という題名がついていて、レコードジャケットにアルミ箔みたいなものが貼ってあり、ジャケットを手に取ると、そこに自分の顔が映るようになっていた……など、どーでもいいようなことも、思いだしてしまった^^;

 爺は1952年生まれなので、小島センセより、6つ年上だ。最初の「ウッドストック」(映画)は、確か中学生の頃で、高校に入ると、70年安保や、学生運動が盛んになった。「数学迷宮」の世界は、爺の思い出とだぶる。その頃、小島センセは、小学生~中学生だったはず。で、1970年を基準とすると、小島寛之センセは、1970-1958=12歳、かなり早熟な感じがしないでもないが、「数学迷宮」の小説には、そういった記述もある。(または、ロックの趣味など、お兄さんがいたのかも……と爺は勝手な妄想を抱く)。いっぽう、結城浩さんは、1970-1963=7歳、小学校に上がったばかりで、安保闘争や学生運動の記憶はないのではないかと思う。1972年に田中角栄の「日本列島改造論」が刊行され、日本経済は高度成長の時代に突入する。つまり、結城さんの高校時代、日本は経済的には豊かになったのだ。

 もっとも「数学ガール」の世界が、著者、結城浩さんの学生時代を反映したものか、どうかはわからない^^;

 閑話休題。「数学迷宮」は、章ごとに文体が違う構成。第1章は小説なのだが、第2章は「ですます」調のエッセイ風。第3章は、ディスク・ジョッキー風だ。そして、第4章では「カントールの集合論へのレクイエム」となっている。第1章の小説の中で、少年たちを現実の世界へ引き戻す言葉の意味が、第4章で明かされる。

 爺にとっては、第1章の小説の部分をもっと読みたい気分だったが、それは、すでに小島センセの本が何冊も出ていて、それらを読むことができるからであり、これが小島センセの一般書デビュー作であることを考えると、エンターテインメントとしての小説、数学や経済学の哲学的考察、豊富な知識と経験に裏打ちされた、わかりやすい数学解説など、その後の小島ワールドが凝縮していることがわかる。

 小島センセの最新作は「容疑者ケインズ」なのだけど、爺は経済学に疎いので、ちょっと敬遠していて、まだ読んでいない;;

hiroyukikojimaの日記2008-08-13『容疑者ケインズ』出ております。(序文をサービス)
(※一部引用させていただく)

ぼくの一般書デビュー作『数学迷宮』新評論の著者紹介のところには、「ケインジアンの仲間入りをするのが当面の目標」とまで書いている。実際、この本の第2章「アキレスは今でも亀を追いかけ続けている」は、ゼノンのパラドックスから無限和を経由して微分の概念を通って、マクタガートの時間論に迷い込み、最後はケインズ理論にたどりつく構成になっている。

(※引用おわり)

《参考》
小島寛之(東京出版/執筆者紹介)
結城浩のプロフィール

Kojima10 数学迷宮
~メタファーの花園に咲いた
一輪のあじさいとしての数学~
CANTOR*REQUIEM

小島寛之/著

新評論(1991年刊)

Mathematical_girl02 数学ガール
フェルマーの最終定理

結城浩/著

《おまけ》
「算法少女」(ガスコン研究所の過去記事)
江戸時代にも「数学ガール」がいた!
(※ガスコン爺の勝手なコメント)

Sanpou_shoujyo 算法少女
遠藤寛子/著
ちくま学芸文庫


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